Serturia Saga
〜 第1章 胎動 〜



      第四話 語られし過去

 ムーンたち一行は屋敷の奥にある部屋へと向かって進んでいく。ガーランドやエイドリアンには分からなかったが、魔道士であるシーナとクリスの二人は次第に周囲の魔力が強くなっていくのを感じ取っていた。並の魔道士程度では生涯出会うことすらないと言われている四大魔法使いの一人がこのすぐ先にいるのは間違いなさそうであった。

 「…すみませんが、しばらくここで待っていてください。」

 廊下の突き当たりにある部屋の前で立ち止まったムーンはフィーナス姉妹たちの逸る気持ちを抑えるかのようにそう言うと、一人だけで扉を開けて部屋の中へと入っていった。静かに閉まっていく扉を前に残された五人はただ黙って待つしかなかった。

 「お久しぶりです、フィアス・クレイハウント様…やはり、ル・アークはあの城にいるようです。」

 部屋に入ったムーンはそう話し始めた。そしてムーンの正面には書斎の椅子に座ってそれを静かに聞いている老人がいた。長く伸びた髪はそのすべてが白くなっており、その顔にも実際の年齢を示すかのような無数のしわが見て取れた。しかしながらその眼光だけは非常に鋭く、それだけで相手を威圧できるような迫力があった。この老人こそが四大魔法使いの一人、フィアス・クレイハウントである。

 「…そうか。カルティス、本当にご苦労であったな。」
 「いえ、私一人では到底不可能なことでした…フォスターは危険を承知であの城に近づいてくれましたし、ガーランドも私たちを守るために全力を尽くしてくれました…。」
 「そうか…。ロナルドとティルには苦労をかけさせてしまったな。」
 「私たちはこの大陸の未来を信じて行動しています。そのためでしたらこの命を捨てることも…。」
 「それはならんぞ、カルティスよ。お主一人が命を捨てたところで何も変わらぬ。生きて行動を続けることが大切なのじゃ。」
 「…はい。肝に銘じておきます。」

 ムーンがそう言うのを確認してからフィアスは小さく微笑み、視線をムーンの背後にある扉の方へ向けた。

 「どうやら前回から同行者が増えたようじゃな…こちらへ案内してやるがよい。」
 「はい…かしこまりました。」

 やがてムーンに招かれて五人が部屋の中に入ってくる。最初に入ってきたガーランドとフォスターが頭を下げる。

 「お久しぶりです。クレイハウント様。」
 「久しぶりじゃのぉ、ティル、そしてロナルドよ…カルティスがここまで無事で来られたのはお主たちのおかげじゃ。礼を言うぞ。」
 「いえ、我々こそムーンには何度も命を救われております。」
 「ふむ、お主たちのそのチームワークが今後もやってくるであろう困難を乗り越える力となることを信じておるぞ。」
 「はい。」

 続いてフィアスはガーランドたちの後ろに立っている三人に目を向けた。

 「お主たちは…?」
 「フィアス・クレイハウント様には初めてお目にかかります。レムストリア王国のシーナ・フィーナスと申します。こちらは妹のクリスティーナ、そして私たちのガードを務めてくれているエイドリアン・グリードです。」

 三人を代表してシーナがそう言った。フィアスはシーナの名前を聞いた時に小さく眉を動かした。それに気づいた者は誰もいなかったが…。

 「レムストリアのフィーナス…か。ここに来たフィーナスの人間はこれで三人になったな。」

 フィアスのその言葉にシーナが反応したのは当然のことであった。

 「クレイハウント様、私たちの前に来たフィーナスの人間とはメル・フィーナスのことでしょうか?」
 「…うむ、その通りじゃ。」
 「もしやクレイハウント様は兄、いえ、メル・フィーナスが今どこにいるのかをご存知でいらっしゃるのですか?」

 フィアスはしばらく口を閉ざしていたが、やがて次のように言った。

 「…メル・フィーナスはわしの依頼を受けて今はこの大陸中を駆け回っておる。つい先日もここに来たのじゃが、今どこにいるかはわしにも分からぬ。申し訳ないが許してくれ…。」
 「クレイハウント様からの依頼…。それは兄が私たちに送った手紙に書いてあった、果たさねばならないこと、なのでしょうか…。」
 「うむ…おそらくそうじゃろう。」
 「もしよろしければ、兄がどのような使命を受けているのか教えていただけませんでしょうか?」
 「…すまぬが、それは言えぬ。メル・フィーナスからも誰にも言わぬよう頼まれておるのでな。もし知ればお主たちも決して逃れることのできない運命に巻き込まれることになってしまうのじゃ。そしてそれはお主たちの兄であるメル・フィーナスが望まぬ…。」

 その回答にシーナはそのまま口を閉ざしてしまった。自らの行動に妹である自分たちを巻き込みたくないという兄・メルの気持ちは良く分かった。しかし仮にそうであったとしてもやはり自分たちを頼って欲しかったという気持ちが心の奥底から湧き上がってくるのをシーナは感じていた。

 その後しばしの沈黙があったが、最初に口を開いたのはクリスであった。

 「シーナ姉さん、それなら私たちもムーンと一緒に行動すればいいのよ。ムーンもクレイハウント様の下で行動をしているのだから、一緒にいればいつか兄さんに出会えるような気がするの。」
 「…でも、それではムーンに迷惑をかけてしまうことにならないかしら。」
 「カルティスよ、お主はどう考えておるのじゃ。」

 フィアスの問いかけにムーンはしばらく考え込んでいた様子であったが、やがて考えがまとまったのか、次のように答えた。

 「フィーナス家の者が二人、そして彼女たちを守るガードのエイドリアン…彼らが同行してくれるというのは私にとって非常に心強いものです。ただ、我々がこれから向かうのは死と隣合わせの世界です。それでも構わないのでしょうか…。」
 「ムーンの向かう先が死と隣合わせの世界であるのなら、兄さんの向かう先も同じだと思うの。兄さんだけをそんな危険な目に合わせて、私たちが安全なところにいるなんてできないわ。いいわよね、姉さん。」
 「…そうね、クリスの言うとおりだわ。ムーン、お邪魔でなければ同行することを許していただきたいのですが、構いませんか。」
 「あなた方がそこまでおっしゃってくださるのであれば、私にそれを拒否するつもりはありません。ただし、先ほども言いましたが、これから先はいつ命を落としてもおかしくない状況になります。エイドリアン、あなたもそこへ足を踏み入れることになりますが、よろしいのですか?」
 「俺は彼女たち二人を守るのが仕事だ。彼女たちが向かうところならどこへだってついて行くさ。」

 そう言うエイドリアンを見ていたフィアスであったが、ふと何かを思い出したようにエイドリアンに問いかけた。

 「お主、エイドリアン・グリードという名であったか…もしやフレデリック・グリードと言う者を知っておるのではないか?」
 「フレデリックは私の祖父ですが…、なぜ祖父の名を?」
 「…どうやらフィーナス家やグリード家の者とは不思議な縁で結ばれているようじゃな。お主の祖父、フレデリックとは100年前の魔道大戦を共に戦った親友じゃった。」
 「俺の祖父が…あの魔道大戦に?…今までまったく知りませんでした。」
 「それも仕方のないことじゃろう…。あれは思い出すのもつらい出来事じゃったからな。誰も好んで後世に伝えようとは思わんじゃろうて。」

 魔道大戦…それは人類が新たに手に入れた魔法の力を限界まで極めようとした結果引き起こされた忌まわしき出来事であった。この戦いによって多くの魔道士が命を落とし、当時存在していた高度な魔法の大半は永久に失われたのである。
 現在では最高難度と言われている神官が使用する契約魔法…これですら当時は中級以下の魔法だったらしく、そのことからも当時極められた魔法の凄まじさは想像を絶するものであったと言えよう。噂では時間や空間にまで干渉することができたとも言われているほどである。

 「その魔道大戦の原因を作った者たちの一人がこれからお主たちが向かう男、ル・アークなのじゃ。」
 「祖父は私が生まれた時にはすでに亡くなっていて、どのような生涯を送ったのかすら聞かされていません。クレイハウント様、もし祖父のことをご存知であれば教えていただけませんでしょうか。」
 「…教えることはできるが、それはお主にとっても、そしてわしにとってもつらいことになるじゃろう。…お主の祖父、フレデリック・グリードはわしのガードじゃった。」

 こうして大魔法使いフィアス・クレイハウントの口から、長らく知られることのなかった魔道大戦の真実が語られる…。

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 時はサートゥリア暦158年…ここはサートゥリア大陸唯一の国家であるストレイク王国である。建国して6年がたったこの国では現在、この大陸最大の技術と言ってもよい魔法の技能向上に関する調査が連日行なわれていた。
 その調査を指揮しているのはフィアス・クレイハウントとル・アークという二人の若き魔道士であった。二人は共に優れた能力を持った魔道士で、お互いを時にはライバル、そして時には親友として新しい魔法の調査を進めていたのだ。

 「おい、フィアス・クレイハウント。」
 「…おぉ、何だ。ル・アーク。」
 「そっちの調査はどんな調子だ?最近、遅くまで部屋にこもっているらしいじゃないか。」
 「まぁな。今回の魔法に関して言えば、さすがにこれまでのものとは違うよ。」
 「…そうか。お前が今回調査しているのは時間制御に関するものだったな。」
 「そうさ。魔道士が持つ精神力だけで時間の制御が可能かどうか…俺自身も非常に興味はあるんだが、なかなか難しいよ。」
 「だろうな。それに比べれば俺の空間制御の方はまだ楽なのかもしれないな。」
 「そう言うお前の調子はどうなんだい?」
 「聞くなよ。お世辞にも進んでいるとは言えないな、ははっ。…そうだ、お前にも紹介しておくよ。今日から俺のチームに加わることになったロザ・ルシアだ。」

 ル・アークがそう言うと、今まで後ろで静かにしていた一人の魔道士が前に出てきた。ル・アークやフィアスも若かったが、出てきた魔道士はそれよりさらに若く見えた。

 「初めまして、フィアス・クレイハウント様。今日からル・アーク様のチームで調査のお手伝いをさせていただくことになったロザ・ルシアと申します。」
 「そうか。私はフィアス・クレイハウントだ。こちらこそ、よろしくな。」

 二人は軽く握手をしてから別れた。そしてそれは未来の大魔法使い二人による最初で最後の握手となった。

 部屋に戻ってきたフィアスを待っていたのは、彼より年長の魔道士カイゼル・ヴィンスであった。彼はフィアスが戻ってくるのを待ちかねていたように駆け寄ってきた。

 「どこへ行ってたんだ、フィアス。」
 「すまない、ちょっと廊下でル・アークに会って話し込んでしまったんだ。それよりどうしたんだい?」
 「まぁ、見てくれよ。先日失敗した魔法だが、鍵になりそうなものが見つかったんだ。」
 「何だって、ちょっと見せてくれ。」

 このようにフィアス・クレイハウントとル・アークの二人をリーダーとするチームはそれぞれ、時間と空間の制御に関する魔法の調査を日夜続けていた。
 この時代、魔法に関する調査が盛んに行なわれ、精神魔法、精霊魔法、そして契約魔法を中核とした体系の外側を形成するさらに上位の魔法がいくつも発見された。その中でも彼ら二人が担当するものが最高峰のものとされていたのだが、当然のように最高峰と言われるだけあって、そう簡単に成果の出るようなものでもなく、何ヶ月もかかって一つの魔法が誕生するかどうかという状況ではあったのだが…。

 数日後、研究室のある敷地の中庭でフィアス・クレイハウントとル・アークが芝生に腰を下ろして話し合っていた。

 「なぁ、フィアスよ…。」
 「なんだ、ル・アーク。」
 「俺とお前は空間と時間に関する異なった魔法の調査を行なっているよな。」
 「…おいおい、どうしたんだ、いきなり。」
 「いやな、最近俺は思うんだ。もしかすると俺たちのやっている調査って、実は同じことをしているんじゃないかってな…。」
 「ん、どういうことだ?」
 「空間も時間も俺たち人間が定めた概念だ。人間とはまったく異なる原理で動いている魔法にしてみれば、空間も時間も同じものとして捉えられるんじゃないかと思ったんだよ。」
 「…なるほどな。魔法の概念に人間の概念を持ち込むな、ということか。」
 「簡単に言えば、そうだな。…これは例えだが、こうして俺たちが話をしている次の瞬間というのは、お前に言わせれば次の瞬間へ行くまでの時間が経過したということになるな?」
 「…まぁ、そうだな。」
 「だがな、そこで俺はこう考えたんだ。時間が経過したのではなく、次の瞬間の空間へ俺たちが移動したんだ、と。」
 「…それはまた大胆な発想だな。」
 「そう思うのはお前がまだ人間の定めた概念に縛られている証拠なんだ。俺の説とて魔法の概念からすれば大変な見当違いなのかもしれないが、少なくとも我々の知る概念だけで魔法の調査に当たっていては駄目なんだ。」

 そこまで言うと、ル・アークは小さく深呼吸をした。そのル・アークの上気した顔をフィアス・クレイハウントは生涯忘れることがなかった。

 「まぁ、今のは本当に簡単な例えで問題がいろいろあるのも分かっているが、俺はな、我々がいる空間と平行して存在する別の空間があるんじゃないかと思っているんだ。そして、その空間と我々の空間をつないでみせることを俺の研究の最終目標にしたいんだ。その先が1日先の空間であれば、それはお前がやろうとしている1日先へ移動するのに等しいことなんじゃないかと考えているのさ。」
 「ル・アーク…お前の発想にはいつも驚かされるよ。でも、確かにお前の言うとおりかもしれないな。発想の転換か…今日は本当に勉強になったよ、ありがとう。」

 フィアスはル・アークに別れを告げ、彼の斬新な発想に感心しながら、自分の研究室へと戻っていった。時にサートゥリア暦158年…それは、運命の日を数日後に控えたある昼の出来事であった。


第三話 第五話