第三話　四大魔法使い

　「俺の名はエイドリアン…エイドリアン・グリードだ。彼女たち二人のガードをやっている。」

　エイドリアンが言ったのはそこまでで、横にいた神官風の女性が少し前に出て彼からの紹介を引き継ぐ。

　「私はシーナ・フィーナスと申します。そしてこちらが私の妹でクリスティーナ・フィーナスです。」
　「クリスって呼んでくれていいわよ。」

　それまで姉の後ろで静かにしていた魔道士風の妹がそう言った。どうも妹の方が姉に比べて明朗快活な印象を受ける。またそれに対してムーンたちも自分たちの紹介を行なう。

　「私の名はカルティス・ムーン、すでにお分かりだとは思いますが魔道士です。そして彼がティル・ガーランド、私のガードを務めてもらっています。先ほどは彼を助けていただき本当に感謝いたします。」
　「本当に助かった…あんたたちは俺の命の恩人だ。」

　ムーンの紹介でガーランドが前に出て、先ほどの襲撃において命を助けられたことに感謝の言葉を述べた。そして最後にそのガーランドからフォスターの紹介が行なわれる。

　「で、あっちで寝転んでいるやつがもう一人のガード、ロナルド・フォスターだ。今はあんな状態で何の役にも立たんが、傷が回復すれば多少は役に立つはずだ。」
　「あんだと、このヤロー！　あ、いててて…。」
　「フォスター、お前はそこでおとなしく寝ていろ。」
　「お前がもう少しまともな紹介をしてたら、俺もおとなしく寝てられたんだ！」
　「少し騒がしい奴だが、気にしないでくれ…。」

　フォスターの文句を完璧に無視してガーランドはエイドリアンたち三人の方へ向き直る。ガーランドには魔道士姉妹二人の実力は分からなかったが、目の前に立つエイドリアンという男の実力については疑いないものを感じていた。
　戦場において戦う相手の実力を見切れるかどうかはまさに生死を分ける問題であった。相手の力量も分からぬまま戦いを挑むと言うことは、一つしかない自分の命を捨てるに等しい行為である。その点に関してガーランドは多くの戦場を生き抜いてきた歴戦の勇者である。目の前にいる男の実力がどの程度のものであるかをおおよそではあるが推測することができた。
　ちなみにガーランドが出したエイドリアンの実力は「負けるとは思わないが、無傷で勝つことは不可能だろう」というところであった。
　そのガーランドの思考を遮るかのようにムーンが口を開いた。

　「シーナ・フィーナスさん、でしたか。フィーナスと言うことは、あのフィーナス家のご息女でいらっしゃるのでしょうか？」
　「…はい、そうです。」
　「おい、あのフィーナス家ってどういう意味だ？ムーン、お前は彼女たちを知っているのか。」

　突然のムーンの言葉にガーランドが割り込んで質問をする。ムーンはそれを特に迷惑がる様子もなく次のように応えた。

　「…レムストリア王国の宮廷騎士団の中でフィーナスという名を聞いたことはありませんか、ガーランド。」
　「レムストリアって言えば…ルーン魔法騎士団か。」
　「そうです。そのルーン魔法騎士団の団長は代々フィーナス家に連なる者が務めているのですよ。大陸最強と言われるレムストリア王国のルーン魔法騎士団…常にその団長を輩出しているフィーナス家はまさに魔道一族なのです。…これで先ほどあなたが助けられた結界の強力さにも納得がいきました。シーナ・フィーナスさん、フィーナス家の実力の一端を見せていただきました。改めてガーランドを助けていただいたことに感謝します。」

　ムーンはそう言うとシーナの方を向き、深く頭を下げて謝意を表した。

　「…いえ、こちらこそ出すぎたことをいたしました。お礼をしていただくほどのことではありません。」
　「…ところで。」

　とムーンは切り出した。彼女たちがフィーナス家の人間であることが分かった時から気になっていたことがあったのだ。

　「フィーナス家の方がなぜこのような場所に？」
　「…それは。」
　「それは俺の方から話そう。」

　シーナが非常に話しにくそうにしているのを見て、それまで黙っていたエイドリアンが口を開いた。

　「俺たちはある人を捜しているんだ。」
　「ある人？」
　「我が国のルーン騎士団の次期騎士団長に就任することが決まっていたメル・フィーナス…彼女たちの兄だ。あの人が姿を消したのは今から１年ほど前…それからずっと俺たちはその消息を求めていろいろな街や村を捜し歩いているというわけさ。」
　「それでもフィーナス家の人間が直接捜すこともないと思うが…。」

　ガーランドの疑問はもっともな話である。いかに身内の捜索とはいえ、大陸にその名を知らぬ者がいないほどの名門であるフィーナス家の人間が直接捜索に出るなどということは普通では考えにくかったのだ。
　さすがにフィーナス家の人間には答えにくい質問だと思ったのだろう、ムーンは自分で答えを推測し、話を続けてみることにした。

　「…やはり、何か特別な事情があるのですね。」
　「…はい。兄は何かの事件に巻き込まれて姿を消したのではなく、自らの意思で私たちの前からいなくなったのです。兄がいなくなる前の日に私たちへ手紙を書いていたようで、そこには『自分を捜すな、果たさねばならぬことができた』とだけ書いてありました。」
　「次期騎士団長が突然姿を消したなどと内外に発表すると騒ぎが大きくなる、ましてや事件ではなく自らの意思でいなくなったのだから、公式な捜索隊を出すのも難しいというわけですか…。」

　シーナが小さくうなずいたことで、ムーンは自分の推測が間違っていなかったことを確認した。大陸有数の大国であるレムストリア王国でのある意味不祥事にも近いような問題を他国に知られるわけにはいかなかったのであろう。

　「確かにそのような事情を他国に知られると、その混乱に乗じて何かを企む国が出てくるでしょうからね。しかし、そのようなことを我々などに話しても問題なかったのですか？」
　「えぇ、それくらいの判断はできます。相手がどのような人物であるかを見極める能力は非常に大切なもので、日々経験を積んで誤った判断をしないようにと常々父からも言われてましたので…。」
　「そうですか、安心しました。我々もあなた方の期待に添えるようにしたいと思います。…ところで先ほどお兄さんの名前をメル・フィーナスと言われていたように思いますが…。」
　「はい、そうですが…まさか、兄をご存知なのですか！」
　「いえ、その者があなたのお兄さんであるかかどうかまでは分かりませんが、メルという名を持つ者なら一人知っていますので…。」
　「も、もしやその人がどこにいるのかをご存知なのですか？」
　「えぇ、明日の朝にこの村を出た後はそちらへ向かうところでした…よろしければご一緒されますか？」
　「はい、ご迷惑でなければぜひご同行をお許しください。」

　シーナがそう即答したことによって、エイドリアンら一行はムーンたちと共に行動することとなった。エイドリアンにしても次の行き先すら決められていないという状態だったので、反対する理由が見出せなかったのだ。

　翌日、スーサの村を出発したムーン一行は次の目的地を目指していた。ムーンはまだ行き先の詳細をエイドリアンたちに教えていなかったが、ここから歩いて三日ほどのところにある街であった。
　この三日間という旅程は昨夜出会った二組の一行六人がお互いを知るのに十分な時間を与えてくれた。

　カルティス・ムーンはレムストリア王国に隣接するヴィンスパル王国の出身で、今回の異常気象を起こしている者の存在にもっとも早く気づいた人間の一人であった。現在は同国の一領主であったが、将来は王国の宮廷魔道士となるのではないかと思われていた人物である。大陸に迫りつつある危機を未然に排除するため、宮廷魔道士への道を自ら閉ざし、こうして旅を続けている。
　ティル・ガーランドとロナルド・フォスターの二人はサートゥリア大陸北西部にある街の出身である。このあたりには未だ国家が誕生しておらず、常に街や村同士での争いが絶えない地域であった。ガーランドとフォスターの二人はある街で傭兵として雇われていた。彼らがムーンに出会ったのは本当に偶然だったのだが、ムーンの旅の目的を知り、いつしか彼に同行するようになったのだ。
　シーナ・フィーナスとクリスティーナ・フィーナスの二人はレムストリア王国にある名門フィーナス家の生まれで現国王の娘たちでもあった。姉であるシーナは神官、妹のクリスティーナは魔道士として相当な実力の持ち主であり、シーナはいずれレムストリア王国の女王に、クリスティーナは宮廷魔道士になるのではないかと噂されている。
　エイドリアン・グリードはフィーナス家と交友関係の深いグリード家の長男である。グリード家は長年レムストリア王国内の一つの自治領の領主を務めている家系で、エイドリアン自身も将来の自治領主であり、また行く末はレムストリア王国より独立するのではないかと言われている。

　「…ところで、ガーランドさん。」
　「…ガーランドでいい、ティルでも構わんが。」

　傭兵として常に戦場に身を置く人間として「さん」付けで呼ばれることが少ないガーランドは、エイドリアンからの呼びかけにそう応えて、彼からの質問を受けることにした。

　「…じゃあ、ガーランド、昨夜の魔道士は一体何者なんだ？」
　「…あぁ、俺たちを邪魔と思っている連中が差し向けた刺客だ。」
　「刺客？…あんたたちは誰かと争っているのか？」
　「…エイドリアン、この雨をおかしく思わんか？」
　「雨？…確かにこんなに降り続くのは珍しいことだが…まさか。」
　「そうさ。この雨だけじゃない、何年も前から各地で起こっている異常気象や自然災害の多くはある者が引き起こしているんだ。」
　「一体、誰が何のためにそんなことを…。」
　「理由はまだ分からんが、誰がやっているのかは分かっている。」
　「それは？」
　「…ル・アークさ。」

　その名を聞いて驚いたのはエイドリアンではなく、すぐ後ろを歩いて二人の話を聞いていたシーナとクリスの姉妹であった。

　「ル、ル・アークって、まさか、あの…？」
　「はい、この大陸にいる四大魔法使いの一人です…。」

　少し取り乱したようなクリスの質問に冷静な口調で答えたのはムーンである。
　大魔法使いとは最高難度の修行を終えた者たちに与えられる称号であり、非常に強力な魔力を持った魔道士である。その大魔法使いと対等に戦えるような魔道士は大陸に数えるほどしかいないだろうと言われていた。

　この時代、サートゥリア大陸で大魔法使いと呼ばれていたのは全部で四人。ロザ・ルシア、カイゼル・ヴィンス、フィアス・クレイハウント、そしてル・アークである。
　ロザ・ルシアは四人の中ではもっとも若く、多少精神面に問題があった（俗に言う血の気が多いというタイプである）が、その魔力は凄まじく、特に攻撃魔法に関しては四人の中でも最高のレベルに到達しているとさえ言われている。
　カイゼル・ヴィンスは逆にもっとも高齢で、現在は辺境の村に住んでいると言われており、歴史の表舞台に出てくることは少なくなった。その魔力は全盛期に比べればかなり低下しているが、彼は直接行使する魔法ではなく武器などへのエンチャント（魔力付与）でその名を馳せている。実際、ガーランドが現在所持している大剣もカイゼル・ヴィンスの手による作品の一つである。
　フィアス・クレイハウントとル・アークの二人は前述の二人のように突出した能力はなかったが、能力の均整が取れている非常に優秀な魔道士である。世の中の魔道士が目指す大魔法使いの姿は彼らだと言っても過言ではないだろう。

　「…あんたたちはその四大魔法使いの一人にたった三人で戦いを挑もうとしているのか？」
　「戦いを挑んでいるのは我々三人だけではありませんが、確かにそう多くはありませんね。あなた方が三人でメル・フィーナスさんを捜しているのと似たような理由です。国家レベルで軍隊を動かすと、すぐにル・アークに気づかれてしまいます。やはり少人数で行動した方が何かと都合がいいのですよ。」
　「正面からまともにぶつかっては勝ち目はない、というわけか。」
　「まぁ、そうですね。相手は四大魔法使いの一人です。数をぶつければ勝てるという相手ではありませんし、無駄に多くの命を失うのは避けたいですからね。」
　「しかし、すでにあんたたちは見つかって刺客も送られてきているんじゃないのか？相手は大魔法使い…勝ち目はあるのかい？」
　「ムーンの能力だってかなりのものだぜ。それにムーンは俺たち二人が守ってみせるさ。」

　そう応えたのはムーンではなく、その横を歩いていたフォスターであった。ややもすれば沈みがちになるような雰囲気を常に明るく保とうとするフォスターの存在は彼らにとって不可欠なものであったのかもしれない。

　やがて彼らはある街に到着する。かなり大きな街でサートゥリア大陸でもこれほどの規模の街はそう多くなかった。雨は依然として降り続いており視界はかなり悪かったが、ムーンはまったく迷うことなく街外れにある一軒の屋敷の前までやってきた。

　「カルティス・ムーン、ただいま戻りました。」

　ムーンがそう言うと、屋敷の扉が独りでに開いた。シーナとクリスの二人には扉に働いた魔力に気づいていたかもしれない。

　「一体、ここに誰が住んでいるんだい？」

　エイドリアンがそう言うと、ムーンはゆっくりエイドリアンの方を向き、静かに答えた。

　「…フィアス・クレイハウント様です。」
　「フィ、フィアス・クレイハウントって、それは…。」

　その名を聞いて驚くシーナとクリスの姉妹を見て小さく微笑み、ムーンはこう言った。

　「はい、そうです。この大陸にいる四大魔法使いの一人です…。」

　彼らの前に姿を見せる四大魔法使いの一人、フィアス・クレイハウント…そのことが彼らにどのような運命を選択させることになるのか、それはまだ誰にも分からない。