Serturia Saga 外伝
〜 甦る魔剣 〜



      第二話 帝国の竜騎士

 ここはかつてのアドランディア王国領内にある村ウクリ。人口が百人にも満たないこの小さな村で起こった先日の事件。今やこのサートゥリア大陸の大部分を支配するグラナド帝国の騎士が突如この村を襲ったのである。幸いやってきた騎士が少数だったこと、また村にいた魔道士と数年ぶりに村へ帰ってきた一人の剣士が彼らに対抗できたこともあって、ただ一人の犠牲者も出すことはなかった。
 しかしながら村に帰ってきた剣士の「奴らはまたやってくる」と言う言葉によって村は翌日から異様な緊張感に包まれることとなった。その緊張感の中、元気な叫び声が村の外れから聞こえてくる。

 「やぁーっ!」
 「ハリー、踏み込みが甘いぞっ!」

 身体のサイズには不釣合いとも思える大きさの剣を構えた少年が黄金色の髪の男に向かっていく。男は右手ですらりと剣を抜き、少年の剣を苦もなく弾き返した。その衝撃で少年はよろめき、地面に倒れこんだ。男は左の親指で額についている傷をこすりながら小さくため息をついた。
 男の名はレオンハルト・バークスティーン…先日この村へ帰ってきた剣士である。帝国軍と何度も剣を交え、今では帝国最高の賞金首とも噂されている男であった。

 「ハリー、さっきも言ったろ。やみくもに向かってくるだけじゃ俺には勝てんぞ。」
 「いててて…。くそっ、レオン兄ちゃん、もう一回だっ!」
 「おぅ、お前の気が済むまで相手をしてやるさ。お前とエリックには早く一人前のガードになってもらわねぇとな。」

 レオンハルトは早朝からずっと二人の少年、ハリーとエリックに剣の修行をつけていたのである。
 帝国の圧制から逃れた人々は各地で団結して反帝国軍を組織、ここ数年に渡って激しい戦いを繰り広げていた。しかし、長引く戦乱によって各地で戦力となりうる剣士の数が激減、結果としてこのような少年たちまでが戦いに赴くという悲しい状況が生まれていた。
 レオンハルトにしてもこの状況を憂えてはいたが、少年たちにせめて自分の身くらいは守れる力をつけておいてやりたいと思い、こうして修行をつけているのである。
 その様子を横から眺めている女性がいた。ソフィア・ローレンス…この村に住む唯一の魔道士である。

 「朝から精が出るわね、レオンハルト。」
 「まぁ、な。昨日の状態じゃあ、安心してお前のガードを任せるわけにはいかねぇからなぁ。」
 「だぁーっ!」

 レオンハルトがソフィアの方を向いた一瞬を狙ってエリックが飛び込んでくる。しかしレオンハルトはまったく慌てた素振りも見せずに難なくエリックの剣を弾いてしまう。

 「エリック、狙いどころはいいぞ。俺じゃなかったら倒せていたかもしれんな。基本は相手の隙をつくことだ。もちろんそう簡単に隙なんかは作ってくれないから、隙ができるように状況を持っていくんだ。お前たちにはまだ難しいだろうがな…。」
 「うん、分かった!」
 「よーし、エリック、ハリー、もう一度行くぞっ!」

 再びウクリの村に剣のぶつかり合う音が響いた。それは再びいつ訪れるか分からない帝国軍の襲撃に備える村の小さな守護者たちの決意を示すものであった…。

  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 それから数日後、場所は変わってグラナド帝国の帝都。皇帝の居城にある広い通路を行く一人の騎士の姿があった。やがて騎士は豪華な装飾が施された大きな扉の前で立ち止まり、扉の両側に立っていた衛兵の一人に話しかけた。

 「陛下はいらっしゃるか?」
 「はい、先ほどからフォルディ将軍をお待ちです。」
 「…そうか。」

 その騎士、グラナド帝国の将軍カイゼル・フォルディがそう言うと、衛兵はゆっくりと扉を開けた。カイゼルは小さくひと呼吸してから静かに部屋の中に入っていく。扉から皇帝のいる玉座までは少し距離があり、カイゼルは扉に入ったときと同じ歩調でゆっくり玉座へと向かっていった。
 玉座が近づくにつれてカイゼルの目に帝国の若き皇帝ル・アークの姿が入ってくる。帝国の絶対権力者にして大陸最強の魔道士。カイゼルはその皇帝が絶対の信頼をよせている将軍の一人である。

 「カイゼル、ようやく帰ってきたか。」
 「は…、遅くなってしまい、申し訳ありません。」
 「で、例のものはどうであったか?」
 「まだ完全に確認できたわけではありませんが、ウクリの村にあるのは間違いないと思われます。」
 「…カイゼル、お前らしくない報告だな。いつものお前ならすでに目的の品をここに持ってきていてもおかしくないと思うのだが…。」
 「申し訳ありません、予期していなかった邪魔が入りましたもので…。」
 「邪魔…だと?」
 「はい、レオンハルト・バークスティーンです。さらにあの村には魔道士もいたようで、レオンハルトと共に我らの妨害を…。」

 皇帝ル・アークは小さくため息をついて玉座の背もたれに身体を預けた。どうやらレオンハルトの名は皇帝の記憶にも留まっているようである。

 「…またあの小僧か。どこまでこの帝国に歯向かうつもりだ…。しかし魔道士までいるとなると確かにお前一人では危険かもしれんな。」
 「いえ、今回は不意を突かれただけです…次こそは必ず。」
 「いや、お前には他にやってもらいたいことがある…あの村には別の者を送ることにしよう。」
 「で、ですが…。」

 カイゼルは慌てて皇帝にその考えを変えてもらうように反論しようとした。カイゼルにしてみれば今回の失態で皇帝に見捨てられたのではないかと思ったのだ。

 「ははは、そう言うな。すべてはお前のためを思ってのことだ…。現在、俺の側近を務めている竜騎士だが、その三人目としてお前に就任してもらいたいのだ。」
 「竜騎士に…私のようなものでも構わないのですか?」
 「そう謙遜するな、カイゼル…。この帝国で次に竜騎士になれるような人間と言えばお前をおいて他に誰がおろう。」

 帝国の竜騎士…それは帝国を大陸最強の国家であると象徴づける存在の一つである。大陸最強の魔道士である皇帝ル・アークの側近を務めるこの竜騎士はいずれも並外れた能力の持ち主であった。
 現在、帝国に存在する竜騎士は二人。一人目はガルジェ・ブレードという名の魔法戦士である。非常に優れた剣技と高いレベルの魔法能力を持つと言われている。伝聞調の表現になっているのは彼と戦って生き残った者が存在しないためである。
 もう一人がディアス・ヴォーラという名の魔道士である。こちらはガルジェ・ブレードとは違って戦線に立つことはあまりなく、もっぱら皇帝ル・アークのサポートという位置づけのようである。もちろんその能力はル・アークも認めるものではあるが。
 そして今回、その三人目に典型的な剣士であるカイゼル・フォルディを就けるということは、おそらく竜騎士としての戦力の増強を考えてのことだと思われる。現時点において実際に前線へ出ている竜騎士がガルジェ一人であり、今後も拡大していくであろう版図を維持し、数ある反帝国軍を一つ残らず壊滅させるにはさらに多くの竜騎士が必要だということであろう。

 「陛下…竜騎士となるお話、大変ありがたく存じます。ただ、一つだけお願いがございます。竜騎士となった最初の任務として、ぜひともあの村への魔剣回収をご命令していただきたいのです。」
 「…ふむ、お前はあくまでその任務にこだわりたいというのか。…よかろう、それでは竜騎士としての最初の任務としてやろう。レオンハルトの小僧には今しばらく生きている喜びを与えておいてやろうではないか。」
 「ははっ、ありがとうございます。陛下。」

 そう言ってカイゼルは皇帝ル・アークの前から退席した。カイゼルが扉の向こうに消えてしばらくした後、ル・アークの背後から一つの影が現れた。
 ル・アークにはそれが誰であるのかが分かったようで、振り返ることもなくその影に話しかけた。

 「…ディアスか。お前は先の俺の判断を正しかったと思うか…。」

 ル・アークの背後に現れたのは二人目の竜騎士であるディアス・ヴォーラであった。魔道士としての能力が優れていることで知られる彼ではあるが、もちろん「騎士」という称号を持っている以上、剣術もある程度はこなすことができる。
 事実、ディアスはかつて騎士としてこの帝国の騎士団に在籍していたのである。その彼に優れた魔道士としての才能があることを見抜き、その修行を行なわせたのが他ならぬ皇帝ル・アークだったのだ。結果としてル・アークの判断は正しく、今では彼の側近を務めるほどの魔道士に成長していた。

 「フォルディ将軍の能力を疑うつもりはありませんが、相手に魔道士がいるとすれば任務を確実に遂行できる可能性は少なからず低下することが予想されます。」
 「そうだろうな…俺もお前と同じ見解だ。カイゼルの能力にはまったく問題はないが、魔道士の存在は時として戦況を大きく変える可能性があるからな。」
 「御意…。それでは念のためにブレード卿を呼び戻されますか?」
 「…ガルジェをか?呼び戻すことは可能だが、それはカイゼルのプライドに傷をつけることにはならんだろうか?」
 「それは当然考えられます。しかし、帝国にとって今後も必要となる貴重な戦力をこのようなことで失うのはどうかと思います。」
 「…うむ、そうだな。確かにこのようなことでカイゼルを失うわけにはいかんな。それではディアス、常にガルジェの所在だけは把握しておくようにしてくれ。もっともカイゼルの竜騎士への就任式典には帝都へ戻ってくることになるとは思うがな。」
 「御意。」

 ディアスはそう言うと小さく頭を下げて背後にある暗闇の中へ下がっていった。そしてディアスの気配が背後から消えていったのを確認したル・アークは小さくため息をついた。

 「100年以上も昔の失敗を未だに気にしているとは…俺も小さい男なのかもしれんな。そんな男がこの大陸すべてを征服しようとは…。」

 ル・アークは誰にも聞こえないような小さな声でそうつぶやいた。

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 それから数日後、再び場所は変わり、ここはグラナド帝国北西部国境。現在ここでは帝国軍と隣国プロシオン王国軍が激しい戦いを続けていた。
 この隣国プロシオン王国はグラナド帝国建国以前から存在している国で、かつてはグラナド帝国を滅亡の一歩手前まで追い込んだ強国であった。
 この戦いにはプロシオン王国が帝国軍の倍近い数の騎士を投入していたが、戦況はまったく予想していなかった状態となっていた。それは一方が一歩進むともう一方が一歩下がるという状態で、前進しているのは何と数で劣る帝国軍で、じりじりと後退しているのがプロシオン王国軍であった。
 かつては対等の武力を持っていて、しかも今回帝国軍に対して倍近い兵力を投入しているこのプロシオン王国軍がなぜこうも簡単に後退してしまうのか、その理由は帝国軍の先頭に立つ人物にあった…。

 「ガ、ガルジェだ!後退しろー」
 「早く下がれ、死にたいのか!帝国の死神だ、逃げろー」

 プロシオン王国軍は半ば混乱状態に陥っていた。もはや陣形も何もなく、まるで群集が我先にそこから逃げ出そうとしているようであった。
 その集団を追う一人の男…その後方には多数の騎士を率いている帝国軍の指揮官。彼こそが「帝国の死神」と他国から恐れられている最初の竜騎士、ガルジェ・ブレードである。
 後退しているプロシオン王国軍の中にも勇気を振り絞って向かってくる勇敢な騎士が何人かいたが、そのいずれもがガルジェの剣によって一刀両断にされていった。それはまさに一瞬の出来事で、騎士が一人倒されるたびにプロシオン王国軍の恐怖心は確実に増大していった。
 この戦い全般で見てみるとガルジェが倒した騎士の数はすでに百を超えていたが、ガルジェに疲労の色はまったく見えていない。もはや技量の違いという言葉では言い表せないほどの圧倒的な力の差であった。

 「ブレード卿、敵の陣形は完全に崩壊しました。このまま追撃戦に入りますか?」

 ガルジェの側近がそう進言したが、ガルジェは少し考えた末にそれをあっさりと却下した。

 「いや、今回はこの戦果で十分だ。これでしばらくはプロシオン王国もおとなしくなるだろう。こちらも遠征の疲れが溜まってきているはずだ。ここで無理をして無駄に部下を死なすことはない。それに帝都への帰還命令も出ているからな。」
 「三人目の竜騎士の就任式典…ですか。」
 「そうだ…誰が就任するかまではまだ分からんがな。」
 「そうですか…。それではもうしばらく敵軍に攻撃を加えた後、後退の準備を行ないます。」
 「うむ、任せる。」

 実のところ、ガルジェとしてもこのまま追撃戦に入り、もう少しプロシオン王国の戦力を削いでおきたかったのだ。だが、度重なる遠征で部下に疲れが溜まっていたのも事実であり、何より僚友ディアス・ヴォーラより送られてきた帝都への帰還命令を無視するわけにもいかなかったのだ。

 「帝都か…戻るのは半年ぶりになるのだろうか。」

 ガルジェはそう小さくつぶやくと、部隊の指揮を側近に任せて自分は陣の後方へと下がっていった。
 それから半月ほど後、帝都では三人目の竜騎士の就任式典が開催され、帝国軍の将軍であるカイゼル・フォルディが新たな竜騎士に就任することが正式に発表された。
 この時、帝都で三人の竜騎士が一同に会したのだが、すべての竜騎士が皇帝の元に集うのは二人目の竜騎士にディアス・ヴォーラが就任した時以来、約一年ぶりとなる出来事でもあった。


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